LGBT、という言葉をご存知ですか? レズビアンゲイバイセクシャル、そしてトランスジェンダーなど、「多数派ではない性のありようを生きる人たち」を括る言葉です。

わたし自身はバイセクシャル(男女ともに好きになる人)で、同性のパートナーと、それぞれの連れ子3人との5人暮らし、というちょっと風変わりな暮らしをしています。

LGBTの人は子育てをしないんでしょ?と、ときどき質問されるのですが、そんなこともなくて、日本にもすでに多くの子育てをするLGBTの人たちがいます。

何世帯くらいあるんですか?とご質問をいただくことが度々あるのですが、それは分かっていません。

というのも、国勢調査などでも同性カップルの世帯数は数えられないため、総数が分かっていないのです。

わたしは「にじいろかぞく」という、子育てをするLGBTの会の、名ばかりの代表をやっているのですが、この「にじいろかぞく」には、実にいろいろなLGBTの家族が集まっています。

ママふたりの家庭やパパふたりの家庭、一見男女の夫婦だけれど実はパパがトランスジェンダーで、内実はママふたりの家庭もあります。

レズビアンのひとりママの家庭もあるし、ゲイのひとりパパの家庭もあります。これから子どもを考えようとしている若いレズビアンやゲイの人もいます。

日本ではLGBTの人は全人口の6~8%程度と言われていて、さらにその中でも、子育てをしている世帯は多くはありませんから、わたし自身のママ友やパパ友というと、やはり圧倒的に結婚している男女のご夫婦のほうが多いです。

しかし同時に世の中には想像以上にいろいろな家庭があることもまた事実なのです。

さて、初回なので少し自分のことをお話ししていきますね。わたしの家族は、冒頭でも触れましたが、同性のパートナーと、わたしの産んだ長男、パートナーの産んだ娘、わたしの産んだ次男の5人家族です。

家族として暮らし始めたころにはまだ園児だった子どもたちは現在中高生で、全員が親の身長を抜くほどおおきくなりました。

3人の子どもたちは、血の繋がっていないきょうだいのような具合ですが、日本では同性パートナーは結婚ができないので子どもたちも苗字が違い、法的には2つの家族が同居しているに過ぎません。

画像: #1 まずは、わたしとわたしの家族の話

それでも私たちにとってみるとこれが家族であり日常であり、子どもたちは日々しょうもなく、親は口うるさく、同性パートナーの家庭だからといって特別に窮屈なわけでもなく、かといって立派なわけでもないという、ありきたりな毎日を過ごしています。

そんな8割がたふつうのいえですから、みなさんと子育てに関するお話ができることになってとても嬉しく思っています。

わたしは最初から自分がバイセクシャルであると知っていたわけではなくて、生まれてから30歳になるまでは、自分が異性愛者だと思って疑っていませんでした。

もう少し詳しく言うなら、漠然と「自分は周りの女の子とはどこか違うようだ」とは感じていたけれど、その理由がセクシャリティにあるとは思いつきもしませんでした。

付き合っていた彼と結婚して子どもを産み、順調にいくかと思いきや夫婦関係が破綻して離婚することになり、ワンオペ育児の完全な泥沼状態に。

ショックで考え込むなか、現在のパートナーに出会い自分は異性だけを好きになるわけではないんだとようやく理解しました。もしかしたら気づかないまま一生を過ごす人もいるのかもしれません。

わたしの現在のパートナーは、いわゆる女らしいタイプではない女の人です。同じ女なのかと思うほど全く分かり合えなく、男の人と暮らしていた時とほとんど変わりがありません。

そんなパートナーですが、ひとつだけ、この人は女として育てられてきたんだなあ!と感じる出来事があります。

それは、家事育児に関してのスタンスが、世の一般的な男性のように「お手伝い」スタンスではない、ということ。高熱で寝込む妻に食事を用意するならまだしも「僕のご飯のことは気にしなくていいから!」と言ってさらに妻の熱を上げるような真似はしない。

特に決めなくても、お互いの忙しさ具合を読んで、主体的に家事育児を分担することがある程度はできます(もちろん2人ともパンクすることもありますが)。

そんなとき、私のパートナーは女として育てられてきた人がパートナーなんだなあと感じます。

「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉がありますが、ボーヴォワールの時代から変わらず、女というのは、女として訓練されてきた人たちなんだなあと感じます。

振り返ると、世のお父さんがたというのは、家事育児の訓練を誰からも受けないまま、今になって「イクメン」という言葉に追いかけられるようになってしまった、ということなのかもしれません。

わたしはかつて元夫が家事育児をやってくれないと不満を並べたてていたのですが、それは彼個人の能力の問題だったわけではなく、もっと広い意味で、男の人が育児や家事から遠ざけられていた結果だったのですよね。

そのなかで彼なりに努力してくれていたんだなあ、と思うにつけ、悪かったなあと、今はもう謝れない背中に謝りたくなります。

ああなんだか初回から反省ムード。こんなわたしですが、来月もお付き合いいただけたら嬉しいです。

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